柔道整復師向け交通事故セミナー
目次(前半部分)
・交通事故と賠償義務~相当因果関係を中心に~
・交通事故と保険制度
交通事故による法的責任
刑事上:国家対個人。国家による制裁。自動車運転過失致死、危険運転致死傷。
行政上:国家対個人。減点何点
民事上:個人対個人。賠償(お金)の問題。
賠償義務の法的根拠
基本条文 民法709条 故意又は過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
特別法として、自動車損害賠償保障法3条。人身損害に関して、故意・過失に関する立証を軽減。
自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任に任じる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者または運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りではない。
賠償義務の発生要件
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 ① 故意又は過失 ② 他人の権利 又は 法律上保護される利益の侵害 ③ 損害の発生 ④ 因果関係
因果関係とは何か
簡単な例
交通事故⇒怪我⇒治療費
次の場合はどうでしょうか
交通事故⇒怪我⇒自殺⇒慰謝料
交通事故に遭った。怪我をした。痛みが続き、うつ状態になって自殺をした。残された家族が精神的な苦痛を被った。慰謝料を求めたい。
この場合、自殺を交通事故の加害者に帰責させて良いものでしょうか?恐らくは、そうではない、と考える方が多いと思います。
風吹けば桶屋が儲かる
風が吹く⇒土埃が立つ⇒目に入る⇒
⇒盲人が増える⇒三味線が売れる⇒猫の皮が売れる⇒
⇒鼠が増える⇒桶が齧られ、なくなる⇒桶屋が儲かる
相当因果関係
事実的な因果関係は、無制限に広がりかねない⇒一定限度に制限(相当因果関係)
このように「因果関係」つまり、「あれ」があったから「これ」があったんだ、というだけで因果関係があるといってしまうと、賠償の範囲が無制限に広がりかねません。
そこで、一定限度に制限しようという考え方が生まれます。
つまり、「こういうことがあったら、普通こうなるよね」といえる場合に、法律上の因果関係があるものとします。
これを相当因果関係といいます。
具体例(死亡事案)
被害者は妻と子1人がいる年収600万円の男性X(40歳)。赤信号で停車中、加害者Yに追突されて即死。
⇒この場合、YはXに対して、合計いくらの賠償金を支払わなければならないのか?
Xに生じた損害の項目
1.死亡逸失利益
2.死亡慰謝料 3.葬式費用 4.車の修理費
1.死亡逸失利益
・計算式 事故当時の年収×(1-生活費控除率)×67歳までの年数に対応するライプニッツ係数 ・具体例では・・・ 600万円×(1-0.3)×14.6430 =6150万0600円
2~4の損害
2.死亡慰謝料(本人の苦痛、近親者の苦痛)
⇒2800万円 3.葬儀関係費 ⇒実費分。但し、上限は原則として150万円。 4.物損 ⇒修理代 又は 時価相当額 ⇒仮に100万円とする
2の死亡慰謝料ですが、これは、本人が被ったこれ以上生きられなくなったという苦痛と、近親者が被った苦痛を併せて、大体2800万円位がある種の目安となります。もちろん、個別事情により、金額に増減はあります。
この点に関してですが、友人や職場の同僚も悲嘆に暮れることはあるかもしれませんが、よほどの特殊な事情がない限り(例えば内縁関係)、賠償の対象にはなりません。これは、法律上保護される利益とまでは言えない、という考え方になるでしょう。
他方で、近親者がPTSDになったり、うつ状態になったりして、社会生活を営むのが困難になってしまう、というケースも想定できます。このような場合、近親者の慰謝料として、数百万円程度上乗せされる可能性はありますが、逆にいうとそれが限度というのが実務的な扱いといえるでしょう。これも相当因果関係による制限といってよいでしょう。
3の葬儀費用ですが、基本的に実費分の賠償となります。原則として上限は150万円程度と言われていますが、墓石を購入した場合などに200~300万円を認めている例もあります。ですが、500万円も600万円もかかってしまったとしても、通常はそこまでいかないよね、ということである程度の金額に制限されることでしょう。これも一種の因果関係による制限といえます。
損害合計額
9200万0600円
あくまでも一例です。個別事情によって、これ以上になる場合もありますし、これ以下になる場合もあります。
ある種のストライクゾーン的な捉え方をしていただければと思います。
しかし、ほぼ1億もの金額を払えと言われても、普通の人はなかなか払えるものではありません。
実際には、どうしているか? お察しのとおり、保険です。次に、保険制度をみていきましょう。
保険制度の存在意義
① 事故の場合に備えて
② 被害者の救済
③ 社会制度として(自動車の普及)
保険の種類
(1)自動車損害賠償責任保険
(強制保険) (2)自家用自動車総合保険 (任意保険)
自動車の保険は、大きく分けて2種類の保険があります。
1つ目は強制加入の自賠責保険です。自賠責保険に入っていないと車は運転できません。
それから、いわゆる任意保険です。後に説明しますとおり、任意保険は自賠責ではカバーできない部分の保険となります。
自賠責保険とは
①強制加入
:自賠責が切れた状態で運転すると刑事処罰を受ける。
②人損のみ 物損部分、つまり相手の車の修理代等は含まれない。
③保険金額に上限
ex)傷害による損害・・・120万円
死亡による損害・・・3000万円
金額(上限)は基準によって決まっている。
任意保険とは
①契約締結は個人の自由
②契約内容(特約)はさまざま ex)賠償限度額、自損事故保険、無保険車傷害保険、 弁護士費用特約等 【注意】 「対人、対物無制限」の任意保険でも、賠償対象は相当因果関係のある損害のみ
自損事故保険とは、保険の対象となっている被保険自動車の自損事故によって生じた人身損害を補償するものです。
無保険車傷害保険とは、自動車事故の被害に遭った場合に、その相手方加害者が対人賠償保険に加入していないときには、十分な賠償を受けることができないことがあります。このような場合に備えて、その不足分を補うための保険です。
自賠責保険と任意保険の関係
<先ほどの具体例を用いたイメージ>(一括払い制度のない場合)
<先ほどの具体例を用いたイメージ>(一括払い制度のある場合)
労災、健康保険について
(1)労災給付(労働者災害補償法に基づく給付)
ex)営業の外回り中の交通事故、通勤途中の交通事故 (2)健康保険(国民健康保険法等に基づく給付) 交通事故には健康保険を使えない? → 誤り
健康保険の利用について(1)
明らかに健康保険を使った方がよい場面 ① 加害者が無資力の場合 ② 被害者に過失がある場合 ⇒①、②に該当しない場合に、被害者にとって健康保険を利用する利点はあるか?
①加害者が任意保険に入っていない場合等。この場合、確実なのは自賠責部分だけだが、自賠責の枠内(最高120万円、過失7割以上の場合96万円)で諸々(休業補償等も含む)が収まるとは限らない。また、初診時点でどうなるかは分からない。そのため、健康保険を利用して総額を低くしておいた方が良い。
②自分の過失割合部分は自分の負担となる。そのため、健康保険を利用して総額を低くしておいた方が良い。
健康保険の利用について(2)
加害者が対人無制限の任意保険に入っており、過失割合が100対0の場合に、被害者が健康保険を利用する利点 加害者が任意保険に入っている ⇓ 相当因果関係のある治療費は全額賠償される ⇓ 健康保険は不要? しかし、 他の費目への影響。
健康保険を利用して治療費総額を抑えていると、保険会社は嬉しい。
休業損害の金額に争いがある場合に、治療費の支出を抑えていてくれると、他の費目のお金を出しやすい。
そのため、できるだけ健康保険を利用していてくれたほうが、弁護士としては(被害者にとっては)ありがたい。
健康保険の仕組み―受領委任払い制度―
目次(後半部分)
・施術費と相当因果関係
事件発生から解決まで
症状固定とは
これ以上良くならないという水準 これが症状固定。
これはグラフで単純化しましたが、実際には、一進一退で良くならない、といった形で症状固定になることもあります。
また、この図の場合でも、症状固定の時期は、非常に微妙なところです。
症状固定後の治療関係費
(症状固定前) (症状固定後)
症状固定があると、何が変わるのでしょうか。
まず、治療費・施術費・入院交通費 これは、基本的に症状固定後は賠償対象になりません。
なぜならば、「これ以上良くならない状態」に至っているのですから、それ以上の治療・施術は不要なものだからです。
ですが、例外的に必要な場合もあります。症状を維持するためには、拘縮を防ぐ必要があり、どうしてもマッサージが施さなければならないといった場合です。
基本的に、むち打ち程度であれば、認められません。
また、症状固定後は、休業損害は原則認められず、逸失利益となりますし、入通院慰謝料は症状固定時までで計算します。症状固定後の苦痛は後遺障害慰謝料として対象になります。
症状固定とは②
改めて、先ほどの図を見てみましょう。
通常、皆様が対応するのは、事故発生から症状固定までの間における施術という事になるでしょう。
勿論、患者さんの希望で、症状固定後の施術をすることもありましょうが、これは、基本的には、賠償の対象外となります。
ですので、いつの時期が症状固定なのか、これがシビアな問題になるわけです。
被害者が柔道整復を求める理由
・効果を感じる ・安心感・信頼感 ・地域への定着・利便性 ・整形外科の治療の代替機能 ・整形外科の治療に対する不信・不満
任意保険会社が施術費を打ち切る理由
任意保険会社 = 相当因果関係のある損害は賠償する ⇓ 反面 これを超えた支払義務はない ⇓ そのため 相当因果関係がないと見込まれる賠償はしたくない
施術費と相当因果関係
交通事故⇒怪我⇒施術費
なぜ問題になるのか?
問題になるケース①
交通事故⇒頸椎捻挫⇒足裏への施術
合理的な施術内容なのか?
問題になるケース②
交通事故⇒頸椎捻挫⇒1年間の施術
効果が上がっていないのではないか?
ある時期からは症状固定しているのではないか?
問題になるケース③
交通事故⇒頸椎捻挫⇒施術費 1回3万円
金額が不相当に高くないか?
施術費の取扱い(任意保険会社)
① 医師の指示・紹介があれば、認め易い。\ ② 医師の指示・紹介がなくても、一定期間は認めることが多い。 ③ 1回当たりの施術費が高額な場合には制限。 ④ 事故態様が軽微であればあるほど、短期間に制限。
裁判実務上の扱い
◎任意保険会社が争わない部分(裁判時の既払分) ⇒ 問題とならない ◎任意保険会社が争っている部分 裁判官によって考え方は色々あり得るが、一般には・・・ 原則 医師の指示を要する 例外 施術の必要性、有効性、合理性、費用の相当性 具体的に立証する必要あり
医師の指示について
≪重視される理由≫ 医学的な総合判断ができるのは医師だけ ↓ 治療方法の選択についても医師に裁量 ↓ 医師が積極的に柔道整復の利用を勧めていれば、当該施術が必要かつ有効であることの推定が働く しかし、現実問題として・・・ 医師が柔道整復の利用を積極的に勧めるか?
施術の有効性の立証(1)
例えば・・・ 定期的に病院でサーモグラフィー、筋電図等の検査を行い、施術効果が上がっていることを示す ⇒ 非現実的 施術証明書に、「徐々に緩解している」等の本人の主観的体験を記載する ⇒ 立証として十分か疑問
施術の有効性の立証(2)
1年も2年も施術しても効果が上がらない ⇒ 施術の有効性に疑義を生じさせる ※ ある裁判官によれば、6か月が目安 受傷態様と施術部位の整合性 ⇒ 施術の必要性、有効性、合理性に疑義
まとめ
施術費の扱い(1)
未払施術費が発生する場面
自賠責保険を利用できている間 → 問題ない 任意保険会社が一括払いで対応している間 → 問題ない 任意保険会社が支払わないとき(打ち切ったとき) → 未払施術費が発生しうる
施術費の扱い(2)
保険会社が支払いを打ち切って来た場合
施術料の未払問題が発生する可能性 ⇒まずは、未払問題が現実化しないような方策を考える必要
それでも未払施術料が発生したら・・・
方法① 患者(被害者)に対する請求 ⇒ 交渉、支払督促、裁判 方法② 保険会社に対する請求 ⇒ 裁判(ただし、様々なハードルを乗り越える必要) 方法③ 加害者に対する請求 ⇒ 交渉、裁判(ただし、様々なハードルを乗り越える必要)
(参考)裁判の流れ
ご質問いただいた件
・弁護士と行政書士の業務範囲の違いは? ・どのような患者を弁護士に紹介するのが良いか? ・慰謝料の簡単な説明方法 ・施術証明書・施術明細証明書作成のポイント ・保険会社とうまく付き合う方法 ・3ヶ月で打ち切りと言われた場合の保険会社との交渉のポイント ・患者の訴える症状を認めて貰えるようなコツ ・症状固定になってからの施術証明書・施術明細書の書き方